前回「戸籍上死亡したことになっていた依頼者」の項で失踪宣告の取消についてふれました。ここでは失踪宣告が取り消されるとどうなるのかについて説明します。
失踪宣告とは不在者、生死不明の者を死亡したものとみなし、その者に関わる法律関係を一旦確定させるための制度で、失踪宣告がされると、相続や婚姻解消などの手続が開始されることになります。
ところが、失踪宣告のなされた失踪者が生存していた、失踪宣告とは異なるときに死亡していたとの事実を失踪者あるいは利害関係人が証明したときは、家庭裁判所は失踪者本人または利害関係人の請求により失踪宣告を取り消さなければならないことになります(民法32条1項前段)。この取消により原則として従来の法律関係は復活し、つまり相続などはなかったことになります。しかし、この原則にはいくつかの例外があります。
1 例外その1 現存利益の返還(民法32条2項)
失踪宣告の取消により、失踪宣告後相続などにより何らかの「財産を得た者」は、権利を失うので、得た利益を返還しなければならないことになります。しかし、民法は法的安定性を考慮して、得た利益すべてではなく「現に利益を受けている限度」で返還すれば足りる、とされています。
ここでいう「財産を得た者」とは、生命保険の受取人、相続人、受遺者等をさし、転売により物品を得た者はここには含まれません。
また、「現に利益を受けている限度」(現存利益)とは、手元に残っている財産のことをさします。しかしながら、手元に残っている財産をどう評価するかが問題なのです。例えば、相続した金銭を全額浪費した場合には、現存利益はないので返還の必要はないとされています。しかし、相続した金銭を生活費に充てた場合には、その分の生活費が浮いたので現存利益はあると考えられ全額返還しなければならないとした判例があります(大審院昭和7年10月26日判決)。ギャンブルで浪費した場合には返さなくてよい、生活費に充てた場合には返す必要がある、というのは違和感を感じるかもしれません。使った事実は変わらないのに原因がギャンブルか生活費かで判断が大きく異なるのは一般の方には理解できないかもしれません。また、問題の財産がどのように残されているのか、固有の財産と返還の対象となる相続財産をどうやって区別するのかといった現実の問題があると思います。この種の問題については話し合いでの解決は難しく、最終的には訴訟で、ということになるのでしょうが、最高裁判所第三小法廷平成3年11月19日判決は「不当利得者が利得に法律上の原因がないことを認識した後の利益の消滅と返還義務の範囲:金銭の交付によって生じた不当利得の利益が生じないことについては不当利得返還請求権の消滅を主張する者が主張立証すべきである。」と判示しました。本件でいうと現存利益がないと主張する人が主張立証責任を負うことになります。
悪意の財産取得者に民法32条2項の規定が適用されるかについては、見解は分かれますが、不当利得の悪意の受益者に関する民法704条の規定を根拠として、取得した財産全額に利息をつけて返還しなければならない、とするのが通説です。
2 例外その2 善意でなされた行為の効力(民法32条1項後段)
失踪宣告後取消前に「善意」でなされた行為の効力には、取消は及びません。
ここでいう「善意」とは、失踪者の生存または失踪宣告時ではないときに死亡したことを知らないことを言います。
では、この「善意」はどの範囲で要求されるのでしょうか。例えば失踪宣告により相続財産を取得した者がさらに他人に転売した場合などで問題となってきます。見解は分かれますが、失踪者の保護を考え、失踪者から財産を受けた者とその直接の相手方の双方について善意であることが必要とするのが判例(大審院昭和13年2月7日判決)通説です。
3 身分上の行為に民法32条1項後段が適用されるか
婚姻などの身分上の行為に、財産関係の処理を定めた民法32条1項を類推適用できるかも問題となってきます。見解は分かれますが、代表的な見解は民法32条1項の類推適用を認め、失踪者の配偶者と相手方の双方に対して「善意」を要求します。ですから、後婚当事者の双方が善意なら前婚は復活しません。
仮に後婚当事者のいずれかが悪意なら失踪者との前婚も復活し重婚状態となります。
この場合前婚は離婚原因(民法744条)に、後婚は婚姻取消原因(民法732条)となります。
以上失踪宣告取消の効果についてお話ししました。失踪宣告が一旦下されると、その後に取消がなされても全てが完全に戻るわけではないのです。
石鍋総合法律事務所
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弁護士:石 鍋 毅
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